こんにちは!ほしわかめです。
転勤族だと「いつかは定住場所を見つけないといけない」「単身赴任は子供が何歳の時がベスト?」ということについて、多くの方が悩まれると思います。
実際、私もその1人です。
しかし実は、私自身が転勤族の娘でもあり、生まれた時から長年転勤&引越しを繰り返してきたことから色々と体験したことや思うところがあります。
今回は転勤について、かつて自分が子供だった時に考えたことと、現在の大人の立場から思うことをまとめてみます。
私の経歴・境遇について
家族構成
下っぱ国家公務員の父と専業主婦の母、妹の4人家族です。
生まれてから高校生まで引越し7回
北は北海道稚内、南は千葉県まで、全部で7回引越ししました。
だいたい、2~3年に1度の頻度です。
一応東北の田舎町出身なのですが、2歳までしかおらず記憶もないので「出身はどこ?」と聞かれると未だに何と答えようか悩みます。
結婚後は引越し5回
今のところ、引越しは5回です。
これからまたどこへ行くのやら・・・このまま行けば死ぬまでに全国制覇できるのではという野望があります。
幼稚園時代
幼稚園は2年ほどで3か所お世話になりました。
正直大人の今となっては、ほぼ記憶がありません(笑)
幼児時代の転勤が子供に与える精神面の影響
母に聞いた話では、2歳の引越しの際はすんなり新しい宿舎に適応したけれど、4歳の引越しの際には泣いて「前のおうちに帰る!」と怒っていたようです。
とはいえ、それも数日で慣れて無邪気に遊んでたとか。
今となっては全く記憶がないので(笑)当時は寂しくて泣いたりしても、幼稚園時代に引越しや転園したことなどそれほど人生に大きな影響がないです。
私は小さいころから引っ込み思案でおとなしかったものの、幼稚園では仲の良い特定のお友達もいました。先生方のご協力もあったかと思いますが、割とどの園でも楽しく通えていたようです。
むしろこの年頃のとき、父親と一緒にいられたメリットがとても大きいと思います。
近所の田んぼでおたまじゃくしをつかまえたり、カマキリを取り逃がしたり、父と遊んだり森で教わったことが未だに断片的に記憶に残っています。
母親とではなかなか出来ない遊びや経験を、父と一緒にしたことや、家族揃ってごはんを食べたり過ごしたことは、後々家族の団結感を生んだのではと思います。
狭くて古い宿舎住まいは、生活するのは何かと大変です。
自分の部屋やスペースなんてなかなか出来ませんし、洗面台がない宿舎では家族全員がシンクをお互い譲りながら連携プレーしないと忙しい朝を乗り切れません。
そういう意味で、小さいころから家族の一体感を育み、うまく連携する練習のためにも子供のころは家族全員で暮らしたほうが良かったと思います。
なので大人になった今も、子供が幼稚園の間は絶対に単身赴任しないと決めています。
幼児時代の転勤が子供に与える教育面の影響
母に話を聞くと、色々な園を体験したからか、パズルや折り紙、迷路など、私はほかの子よりもいろんなことが出来たり早かったり覚えたりしたとか。(うちの親の親バカ目線が強い気もしますが)
そのため、幼稚園があちこち変わったからといって、教育面ではハンデはないです。
小学校時代
東北の中規模の町で入学
とある東北の人口6万くらいの町の小学校に入学しました。
仲の良い友達は、やはり同じ宿舎一帯に住む転勤族の女の子。
毎日友達と待ち合わせして登下校するので、やはり宿舎に住むものどうしが仲が良くなりやすいんだと思います。
転勤族というと「社交的な子が多い」「新しい土地への順応能力が高い」とか言われることもありますが、私や私と仲が良かった転勤族の子はそんな自分を出せるタイプではなく、割とおとなしいタイプです。
それでも、小学校の1からのスタートなので、普通にお友達も出来て楽しく通っていました。
クラスでいじめや仲間外れなどもなく、とても平和な時代でした。
小学校中学年で転校
小学校中学年のとき、転勤で東北の人口6万の町から北海道の人口3万の町へ引越しました。
田舎なので宿舎の規模も小さく、宿舎内に子供は数人いるものの、同学年の子はいませんでした。
当時、分数や容量について勉強していた時期で、たまたま東北の小学校で学習済のものを再度勉強することになり、ちょっとデキる自分に得意げな気持ちになったりしました。(たった1か月ほどですが)
東北と北海道でかなり気候の違いもありますが、小学生なので寒いのはまぁ平気です。
宿舎が山の上にあり、毎日下山して小学校に通って大変な部分もありましたが、授業でスキーやスケートをしたり、気候面では辛いことよりも楽しかった記憶がずっと多いです。
休み時間に遊ぶ方法も土地柄が出ていて、私の学校ではおはじきが大ブーム。
今思うと、かなりレトロな遊びだったと思います。女子はみんな自分のお気に入りおはじきを持っていて、休み時間中おはじきに熱中していました。
その他、トランプの「スピード」も流行ってました。あとはお絵かき、マンガ書き。
男子は外でドッヂボール、雪の日は雪合戦。吹雪の日は体育館でドッヂボール。
そしてこの頃はじめて好きな男の子が出来たり(笑)
大人になった今でも、スキー教室のお泊り会で小学生ながらに布団の中で恋愛トークをしたのを覚えています。
ちなみに、この頃の仲の良かった友達は未だに連絡を取る仲です。
この仲の良かった子も同じような時期に転校してきた子でした。
田舎なのでクラスの子はほぼ全員地元の子で、転校生は学年に1~2人。
今思うと、やはり転校生同士が仲良くなりやすい部分はあるのかなぁと思います。
暗黒の小学校高学年時代
小学校高学年で人口3万の北海道の田舎町から人口100万の関東近郊の街の小学校に転校したのですが、これがなかなか大変でした。
まず、話題についていけない。
北海道の田舎では「ポケ●ン」や「デジ●ン」なんてテレビでやってませんし、テレビ東京のその他のアニメやバラエティ番組も見たことがないので、とにかく話題についていけませんでした。
話題の中心はジャニーズのアイドルやテレビ番組、ミュージシャンや所属する地元のスポーツクラブの話題など。
我が家は「8時に寝る」のがルールだったので、都会のクラスのみんなが見ている夜10時からの番組なんて絶対見れません。
今思えば、もっと両親に「みんなと同じ番組がみたい」とか「夜寝るのを遅らせたい」とか強く抗議すれば良かったのかもしれませんが、両親に「こんなの子供が見る番組じゃない」とか怒られてあまり言えませんでした。
そして、服がダサいと言われる。
田舎の小学校ではみんなお下がりのお下がりの服とか、ジャージとかばかりだったのに、都会に来たら小学生でもブランドとか知っていて、ファッションに気を付けているようでした。
クラスメイトに「服がダサい」と言われて結構ショックだったことを覚えています。
この2年間は学校であまり良い思い出がなく、仲の良い友達もほとんど出来ませんでした。
小学校5年生のときはそれでも何とかどこかのグループに入ろうとしていましたが、6年生のときは諦めて休み時間は一人で本を読んだりして過ごしていました。
いじめがなかったのが幸いです。
小学校で仲の良い友達が出来ず1人だったのは当時とても辛いことでしたが、不登校にもならず毎日通えていたのは「この生活は次の転勤で終わる」と毎日思っていたからでした。
きっと東北や北海道の田舎町で出来た友達や楽しかった思い出が気持ちの根本にあって「今が辛いだけ」と、次の転勤先への希望が私を支えてくれていたのだと思います。
また、北海道の仲の良かった子とも文通を続けていたのも「自分には友達がいる」という自信や安心感になっていたのだと思います。
休み時間を1人で過ごしていると母に言ったとき、母も一緒に泣いてくれました。
きっと母もどうするべきか悩んでいたのではと思います。
そういえば、母に「次の転勤までなんとか頑張って」「引越ししたら二度と会わない人たちなんだから」と言われていました。「次の転勤まで頑張る」という信念は、母からの刷り込みだったかもしれません。
そしてこの頃、同級生の母親から「ほんと公務員は給料下がらなくていいよね」なんて小学生の私に対して色々言われたことも覚えています。
景気が悪いと公務員が叩かれるのは世の常なのかもしれませんが、今考えても、子供にグチグチ言うことではないよなぁなんて思います。
そんな同級生ママからの目線も嫌で、人と話すのが怖くなったり、目立たないように過ごすようになりました。
そして、中学生になるタイミングでまた東北に引越しすることになると知ったときの喜びは忘れられません。
担任の先生に「引越が決まった」と伝えた時の私があまりに嬉しそうだったと、先生が母に言っていたようです。
このことを踏まえて大人になった今、自分が子供にしたいと思う時は「転勤先の街の生活を行く前に調べる」ことです。
服とか髪形とかテレビとか、その土地の小学生のことを知って、ちょっと合わせてみるとか。
クラスで合う子がいなかったら、スポーツクラブとか何か別のグループに所属してみるとか。
もちろん、子供が自己主張できるタイプで明るく快活だったら、本人の思うようにさせるつもりです。でももし引っ込み思案の子だったら、自信をなくすスパイラルに入る前に、その土地に溶け込めるような工夫を手伝ってあげたいと思います。
小学校時代の転勤が子供に与える教育面の影響
私は小学校時代を通じて1度も塾には通っていませんでしたが、学校の勉強や成績面では結構良い成績でした。
家でやる学習は宿題メインで、「進●ゼミ」などの自宅学習もほとんどなく、授業だけはきちんと聞いていました。
母は小学校中学年頃までは勉強を教えてくれたりしましたが、高学年になると「お母さん、(教えるの)無理!」宣言が出ていました(笑)
なので日ごろの勉強はほとんど公立小学校の授業中心という状態でしたが、小学校のテストはだいたい90~100点でしたし、成績表も5段階評価で体育以外の全てで4か5でした。
そのため、東北や北海道の田舎から関東近郊の街に転勤しても、中学受験などをしない場合は、転勤・転校することによる学習面はハンデはないのではと思います。
なので大人になった今でも、子供が小学校の間は単身赴任しなくてもいいかなと考えています。
中学校時代
心機一転のスタート
再び東北に戻り、心機一転、新生活がスタートしました。
やはり幼稚園・小学校と東北で過ごした時期が長く、東北人の気質が合っているのか、学校生活で楽しいことが増えました。
やはり思春期の時期なので、女の子特有の人間関係の悩みなどはありましたが、まあこれは転勤転校云々ではなく、全国どこにいても同じでないかと思います。
部活に打ち込む
転勤族だからこそ、部活は本格的にやっといて良かったと思います。
転校が多いと、どうしてもどの友達とも2年程度で付き合いで終わります。
「自分には幼馴染や親友と呼べる友達がいない」と、心のどこかで自信がないというか、軸がないという状態になっていました。
やはり、友達付き合いには密度も大切ですが、時間の長さも仲の良さに関わります。
平日の放課後毎日と土曜日まであり、年数回試合がある本格的な部活を選んだことで、より人と深く関わる経験が出来た気がします。
ちなみに、この中学生時代の部活仲間は未だに連絡を取る仲です。
そのため、転勤族だからこそ、部活は本気でやるように自分の子供にも伝えたいです。
学力と高校受験
私は運よく、中学校3年間は転校せずに済みました。
そのため、3年間のカリキュラムで普通に高校受験をし、希望の公立高校に合格することが出来ました。
高校受験に備え1.5年間学習塾に通い、何とか出した結果です。
ちなみに、この「公立」「私立」のイメージが都会と田舎、関西と関東では結構違ったりします。
東北・北海道では、レベルが高い高校は全て公立高校のことが多く、みんな第一志望は公立高校で私立は滑り止めや第二希望のことが多いです。
もちろん希望して私立高校に行っている場合もありますが(甲子園常連私立校など)、私立高校に行っていると聞くと「あぁ、受験失敗したんだな」というのが一般的な認識だったりします。
しかし東京では名の知れたハイレベル私立高校や大学付属高校もあるので、私立高校だからといってレベルが低いとも限りません、というか、私立の方がめちゃめちゃレベルが高かったりします。
とはいえ公立高校も人気で、第一希望に公立高校を選ぶ中学生も相当数います。
聞いたところによると関西では、私立高校の方が歴史があったり中高一貫だったり、教育に特色があって偏差値レベルも高く人気のことも多いのだとか。
確かに神戸の私立お嬢様学校とか、憧れの的だったりしますよね。
関西の感覚で「私立高校いいね!すごいね!」みたいなことを東北・北海道で言うと、イヤミに聞こえる場合もあるのでお気をつけください(笑)
高校時代
私は高校3年間も、父が単身赴任をしてくれたおかげで転校せずに済みました。
そしてこの3年間はとても充実していて、大人になった今も自分の価値観の軸になっているというか、自信の基になっている気がします。
未だによく連絡を取る友達もいますし、その意味で3年間定住出来て本当に良かったです。
大人になった今、「出身はどこ?」と聞かれると、私はこの高校時代を過ごした場所の出身といいます。
この東北の土地が大好きで、様々な記憶もあり、未だに連絡を取る友達も一番多いからです。
聞いた話によると、高校を転校する場合、元の高校よりもレベルの低い高校に転校しなければならないのだとか。
それは子供にとって、かなりの機会損失だと思います。
私も子供が高校で転校することは絶対にしたくないと思います。
大人になって思うこと
最重要は人間関係
転勤ばかりの子供時代を過ごして思うのは、当たり前ですがやはり子供にとって一番のネックは人間関係だということです。
明るくてすぐ誰とでも仲良くなれるタイプの子は全然問題ないと思いますが、私のように引っ込み思案だったり物静かなタイプの子は友達ができるまでの時間が長くなります。
同じ転勤族の友達がいると仲良くなる確率は高いものの、タイミングよく気が合う子が現れるとも限りません。
引越し先で子供が馴染みやすいように、流行っているテレビを見させてあげるとか、服装や髪形をその土地に合わせる工夫も親として出来ることなのではと思います。
小学生時代の転勤はむしろ勉強になる
正直、小学生レベルの学習内容なら、転校しようがしまいがそれほど差がないように思います。
むしろ、あちこち引越ししていたからこそ勉強に生きることがたくさんありました。
例えば、地理。
我が家には大きな日本地図があって、引越しして住んだ場所には矢印マークをつけていました。
そのため日常的に地図を見ることもあり、都道府県の場所や山脈・河川名も自然に頭に入るし、気候も身をもって体験しているので偏西風やら黒潮やら、授業の内容がすんなり頭に入って忘れなかったです。
理科でも国語でも歴史でも、行ったことのある火山の名前や地名が出ているだけで「あ!知ってる!」と一気に集中できることが多かったです。
少しでも見聞きしたことがあるものがあると脳の受容体が開くというか、頭への入り方と記憶の定着が全然違う気がします。
そんなこんなで、私も小中高校と公立でしたが、東京のMARCHの大学に入学することが出来ました。
自分の体験から言って、小学校までの転校はむしろ学力にプラスに働くのではと思います。
中学・高校は転校しないほうが良い
中学・高校では、絶対に転校しないほうが良いと思います。
例えば、私の妹の例があります。
私の妹は、中学生3年生になる春のタイミングで、東北の田舎町から関東近郊に転校しました。
中学校時代に転校するデメリットは「学習進捗の差」「友達作りの壁」「内申点計算方法の違い」の3つあります。
まず学習進捗の差ですが、転校先が学習進捗が遅いなら問題はないのですが、逆に早かった場合、当たり前ですが転校していきなり授業がちんぷんかんぷんになります。
さらに友達グループも結構固定化しているため、なかなかグループに馴染むのが大変で、人間関係で悩むことに時間が割かれて勉強が疎かになったりします。
そして最大の注意点は内申点。
当時は都道府県によって受験時の内申点の計算方法が異なっていました。
転校前は受験は一発勝負、内申点は推薦入試のみで必要なものでしたが、転校先は一般入試であっても内申点を加味する計算方法だったため、内申点が悪かった妹にとっては受験が不利になってしまったんです。
結果、第一志望の高校から落ち、妹は私立高校へ行くことになりました。
予想外の出費に家計も一気に火の車。
妹の経験からも、中学生での転校はかなりリスクがあるのではと思います。
ふるさとは自分で決める
前述の通り、私は自分の出身地を聞かれたら、高校時代に過ごした場所を挙げます。
6年定住したというのが私の人生の定住最長記録だからというのもありますが、何より、その土地の人が好きだし、自然や食べ物も合うし、一番愛着のある場所だからです。
自分が本当に好きな場所を見つけられたことは、とても幸運だったと思います。
イヤな土地は忘れる、そして自分の故郷は自分で選ぶ。
そうやって自分の基礎を自分の意志で固められるのも、転勤族の子供の特権なのではと今では思います。
「転勤族の最大の悩み!定住問題と子供の進学について思うこと」まとめ
かなり長々と書いてしまいました。
転校を強いられる転勤族の子は辛い部分もありますが、大人になると悪いものではなかったなと思っています。むしろ、他の子が経験出来ないことをたくさんやってきたという自信にさえなっています。
私の転勤・転校経験談が定住タイミングを考える際のお役に立てば嬉しいです。
読ませていただきました。今まさに転勤に伴う娘の転校について悩みぬいてるところです。大変参考になり、涙が止まりません。本当にありがとうございます。